東京高等裁判所 昭和58年(ネ)1369号 判決 1985年7月17日
控訴人
富士ブロイラー株式会社
右代表者
山梨韶
右訴訟代理人
藤森克美
白井孝一
被控訴人
国
右代表者法務大臣
嶋崎均
右指定代理人
中西茂
外八名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の申立て
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は控訴人に対し、金五〇六五万三四〇〇円及び内金四二八五万三四〇〇円に対する昭和五〇年七月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。(原審における請求を減縮したもの)
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
4 右2につき仮執行の宣言
二 被控訴人
主文同旨
第二 当事者の主張及び証拠
原判決九枚目裏九行目に「不法行為に基く」とあるのを「国家賠償法一条一項に基づく」と改め、同一四枚目裏二行目冒頭から同末行末尾までを削除し、以下のとおり当事者双方において主張を補充・附加し、被控訴人において丙第九、第一〇号証を提出し、控訴人において右丙号各証の成立を認めたほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。
一 被控訴人
1 本件で問題とされている第一種圧力容器の構造検査及び落成検査の具体的な検査内容、方法は、次のとおりである。
(一) 構造検査
(1) 法的根拠、趣旨
構造検査は、第一種圧力容器を製造した者が製造された圧力容器について受ける所轄都道府県労働基準局長の検査であり、労働安全衛生法(以下「法」という。)三八条一項及びこれを受けたボイラー及び圧力容器安全規則(以下「規則」という。)五一条に規定されている。
構造検査は、現実に製造された個別の第一種圧力容器が労働災害防止のための安全性を有しているかどうかを、圧力容器構造規格(以下「構造規格」という。)に適合しているか否か確認して行うものである。製造に先だつてなされる製造許可(法三七条、規則四九条)が、書面のみにより観念的に行われるのに対し、構造検査は製造された圧力容器そのものについて個別的、具体的に行われる。
(2) 検査手続、内容
構造検査を受けようとする者は、第一種圧力容器構造検査申請書に圧力容器明細書を添付して申請する(規則五一条三項)。
構造検査は、材料検査、外観検査、水圧検査及び附属品の検査により行われる。それぞれの検査内容は次のとおりである。
イ 材料検査は、現に使用されている各部分の材料(材料メーカーが作成するミルシート(材料証明書)に記載されている。)が圧力容器明細書記載の材料と一致し、かつ構造規格(一条以下)に適合するか否かを確認する。
ロ 外観検査は、製造された圧力容器そのものを測定して、その胴の長さ、板の厚さ、その他各部の寸法を明らかにし、圧力容器明細書と対照したうえ、構造規格(一八条以下)に適合するか否かを確認する。また圧力容器に工作上の欠陥、腐食、割れ等がないかも確認する。
ハ 水圧試験は、圧力容器本体に対し、申請された最高使用圧力に対応して定められている圧力を加え、圧力容器外部の変形等の異状がないかを確認する(構造規格一四三条)。
ニ 附属品検査は、圧力容器明細書記載の安全弁等が、実際に構造規格(一四五条以下)に適合しているか否かを確認する。
構造検査に合格すると、圧力容器自体に刻印が打たれ、かつ圧力容器明細書に構造検査済の印が押され申請者に交付される(規則五一条四項)。構造検査に合格しない限り、落成検査を受けることができない(規則五九条二項)。
(二) 落成検査
(1) 法的根拠、趣旨
落成検査は、第一種圧力容器を設置した者が受ける所轄労働基準監督署長の検査であり、法三八条三項(昭和五八年法律第五七号による改正前は三八条二項)、規則五九条に規定されている。
落成検査は、第一種圧力容器が労働災害防止のために安全に設置されているか否かを実地検分により判定する検査である。
(2) 検査手続、内容
落成検査を受けようとする者は、第一種圧力容器落成検査申請書を提出して申請する。
落成検査において検査を要すべき事項の主なものとして次のものがあげられる。
イ 検査対象の第一種圧力容器が構造検査に合格していることの確認。この確認は、第一種圧力容器に打たれている刻印及び第一種圧力容器明細書(第一種圧力容器の設置前になされる設置届(法八八条、規則五六条)の際に提出されている。)に記載された検査済の押印を確認することにより行う。
ロ 設置場所の周囲の状況、配管の状況等が規則で定める基準に適合していることの確認。
落成検査に合格すると検査証の交付を受ける(法三九条二項)。検査証を受けない限り第一種圧力容器を使用することができない(法四〇条一項)。
2 右に述べた構造検査及び落成検査の具体的な検査内容、方法からうかがわれる第一種圧力容器に対する国の規制の趣旨に照らしても、被控訴人が本件において損害賠償責任を負わないことは明らかである。
構造検査は第一種圧力容器を製造した者が製造した時点において、落成検査は同容器を設置した者がその使用を始める前に、いずれもその申請によりなされるものである。両検査は、製造者及び使用を始めようとする者(以下「事業者」という。)が第一種圧力容器を製造し又は設置したことを前提として、その安全性を確認するものである。具体的には、定められた箇所について規則並びに構造規格に適合しているか否かの確認、その他定められた項目、方法による確認がなされている。国は、事業者が安全性を有するとして製造、設置した第一種圧力容器について、実際に安全性を有するか否かを基準に従つて確認するのであり、それ以上にわたつて包括的かつ綿密な検査をするわけではないし、むろん危険を防止する措置を自らとるものではない。
一方、現実に第一種圧力容器を使用する事業者には、法三条により、労働者の安全を確保する義務が定められ、さらに規則六三条、六四条、六七条等により、第一種圧力容器の管理方法、使用方法、定期自主検査等について詳細な義務が定められている。このように、第一種圧力容器を使用する事業者には、継続的かつ細部にわたる様々な義務が課され危険防止のための責任があることが明示されているのである。
こうした規定が置かれ、構造検査、落成検査の内容が前記程度にとどまるのは、国の第一種圧力容器に対する規制が、私人の自由な活動領域に対する後見的介入であるからにほかならない。すなわち、私人がどのような機械、装置を用いて事業活動を行うかは、本来、私人の自由な活動の領域であるが、自由に委ねた場合に生ずる労働災害等の不都合を未然に防止するため、労働安全衛生法は、第一種圧力容器の製造、使用等を一般的に禁止し、特定の場合にこれを解除して私人の自由な活動の領域を承認するというシステムをとつているのである。事業者は、第一種圧力容器を製造、使用するに際しては、本来の自由な活動を行う者として、危険防止に努めなければならないことは当然であり、事業者は第一種圧力容器の製造、使用について基本的かつ第一次的責任を有するというべきである。これに対して、国は、事業者が危険防止に努めていることを前提として、実際にその危険防止がなされているかを基準に従つて確認をしているのであり、安全確保のためとしては、後見的、第二次的な責任を有するにとどまるものである。
そうだとすると、事業者が、第一種圧力容器の製造、使用の一般的禁止を製造の許可及び検査の合格により解除され、自由な活動の承認を受け、自由な活動を行つている際に、その活動に起因して事業者自身に損害が発生したとしても、その損害は自由な活動を行つている事業者自身が第一次的責任者として負担すべきものであつて、第二次的責任者にとどまる国が責任を負ういわれはない。一般的禁止を解除された、すなわち検査に合格した機械等を設置、使用する者は、本来の自由な活動を承認されたにすぎないのであつて、自由な活動を承認された者の方から、一般的禁止を解除すべきでなかつた――検査に合格させるべきではないのに合格させた――として国に対して責任を追求するのはそもそも筋違いである。国は、第一種圧力容器の安全確保について事業者が責任を持つことを前提にして、事業者に対し基準に適合した場合に製造、使用を認めているにすぎない。事業者に代つて第一種圧力容器の安全性を確認し、事業者の責任を免除する意味で検査をしているのではないのである。国が第一種圧力容器の規制をしているからといつて、自己の意思により自己のための自由な活動を行い、危険を内包している第一種圧力容器を使用している事業者の責任が軽減され、あるいは消滅することが不合理であることは明らかである。
3 右に主張したところは、国家賠償法一条一項の要件に当てはめれば、因果関係がないことをいうに帰する。
すなわち、本件事故による事業者の損害は、結局災害防止のための第一次的責任を有する事業者が本件圧力容器の安全性を確保することを怠つた結果発生したものである。仮に国の構造検査及び落成検査と事業者の損害の間に条件関係があるとしても、事業者の損害は、第一次的責任を有する事業者の行為が介在することにより生じたものであるから、結局、構造検査及び落成検査の適否とは相当因果関係がないというべきである。
4 法は「労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な作業環境の形成を促進すること」を目的とし(一条)、労働基準法とともに、労働者保護のための社会法とされており、法三七条、三八条が「ボイラーその他の特に危険な作業を必要とする機械等で、政令で定めるもの(以下「特定機械等」という。)」につき製造許可その他の各種検査を規定しているのも、前記目的を達成するための具体的措置の一つにほかならず、また、規則が、ボイラー及び圧力容器等の製造、設置及び管理等について各種の規制を詳細に規定しているのも、前記のような目的を有する法及びその施行令の規定に基づき、法を実施するため定められたものであり、圧力容器等に関する各種規制の制度趣旨は、前記のような労働者の安全確保という点にあり、特定機械等に関する都道府県労働基準局長の許可及び検査、労働基準監督署長の検査等は、労働者の安全確保につき第一次的責任を有する事業者を直接的に保護するため安全性、耐用性その他の性能を調べるものではなく、専ら労働者の安全確保という面から検査等を行うにすぎないものである。労働者の立場では、国が規制をしているために安全性に欠ける第一種圧力容器は不合格となり使用されないため、労災の防止が計られるという直接的利益を受け、仮に検査に誤りがあり欠陥品が合格とされた場合には危険な環境で労働することになるという直接的不利益を受ける。ところが事業者の立場では、自ら設置、使用して活動することを求めているのであるから、検査に合格した場合は、利益にこそなれ、不利益を受けることはあり得ないはずである。もちろん、各種規制の結果として、事業者も、検査を受けた圧力容器を安心して使用し、営業を継続することができるという利益を受けることがあるかもしれないが、その利益は、労働者の安全確保を目的とした法及び規則を適用した結果生じた事実上の利益にすぎないものであつて、法及び規則によつて裏付けられた法律上の利益ないし権利ではない。正しい検査がなされておれば、事業者の申請が通らずに不合格となり、その結果事業者は使用をしていなかつたであろうから使用に起因する損害を免れることができたであろうというような事業者の利益は、まさに事実上の利益でありその法的保護を考慮するに値しないものである。
したがつて、仮に各種規制の施行上過誤があり、そのため本件爆発事故のような事故を生じ、その事故により労働者の安全が害され、労働者において損害を被つた場合には、右過誤が、当該労働者との関係において、国家賠償法上「違法」な行為と考えられる余地はあるが、事業者との関係においては、事業者の前記のような事実上の利益が害されたとしても、右過誤をもつて事業者の利益を侵害する「違法」な行為とはいえないのである。
5 「行政庁の行為に伴う第三者の利益には、単なる「事実上の利益」あるいは公益目的の反射に過ぎないものとそうでないものとがあり、後者の侵害は違法となるが、前者の侵害によつては損害賠償義務の問題は生じない。」とし、「その両者の区別の基準は、行政庁の行為が法の趣旨・目的に著しく反する判断に基づいており、かつ、反射的利益を受ける立場の第三者が、右行政庁の行為の結果を受容せざるを得ない関係にある場合が後者になり、そうでない場合が前者になるというところに求められる。」とする立場に立つて、これを本件に当てはめてみても、本件製造許可、構造検査及び落成検査が法の趣旨・目的に著しく反する判断に基づくものであるとは、到底考えられず、また、控訴人は、安全衛生についての最高責任者であり、自ら進んで本件ボイラーの安全性を確保でき、また確保しなければならない地位にあつたもので、被控訴人による本件製造許可、構造検査及び落成検査の結果を受容せざるを得ない関係にあつたともいい得ない。
したがつて、控訴人は、前記立場に立脚したとしても、本件製造許可、構造検査及び落成検査についてせいぜい「事実上の利益」を有していたにすぎず、本件について被控訴人との関係において違法があつたということはできないのである。
6 仮に、構造検査においては、第一種圧力容器の製造をした者が事業者であり、控訴人が事業者でないとしても、同検査において検査担当者に過失が認められないこと、同検査と控訴人の損害との間に因果関係が存しないことは、従来被控訴人が主張してきたとおりである。
二 控訴人
1 被控訴人の主張1については、構造検査及び落成検査が労働災害防止のためにのみ行われるものであることは否認するが、その余の事実は認める。
2 被控訴人の主張2、3は争う。
3 被控訴人の主張4、5は、行政事件訴訟法上の訴えの利益を判定するための基準たる反射的利益論に依拠するものと考えられる。
しかし、そもそも国家賠償法は、まず何よりも被害者救済のための法制度であり、そこでは、いかにして発生した損害を賠償させるか、国にどこまでの賠償責任を負わせるかが問題となるのであり、同法に基づく責任は、民法上の不法行為責任と同性質のものであつて、専ら公平の見地から決せられるべき筋合いのものである。行政訴訟が行政行為の違法・適法を問題にして、その行為を取り消し、又はその無効を確認することによつて他に種々の影響を及ぼすのとは異なり、国家賠償訴訟は、公平の見地から金銭の支払によつて問題を解決しようとするのであるから、そこに行政事件訴訟法上の訴えの利益の判定基準たる反射的利益論を持ちこむのは誤りである。被害者が公務員の不法行為による損害の補填を求めて国家賠償訴訟を提起した場合に、その当否を論ずるについては、反射的利益論は、論理上何らの関連をも有しないものというべく、本件にこれを当てはめることは失当である。
4 第一種圧力容器の場合、一旦事故に至ると、労働者はもちろん、事業者にも、取引先関係者や偶々通り合わせた人にも被害をもたらすことは明らかである。被害を受ける誰もが税金を支払い、その税金によつて許可や検査の審査手続が営まれているのであるから、これらの審査手続を担当する者としては、全体の奉仕者としてどの国民に対する関係でも過誤があつてはならない筋合いであり、万一過誤があつた場合に、国が労働者にだけ責任を負うというのは極めて不合理である。
まして、第一種圧力容器については、右審査手続を行う国の担当官は専門家であり、事業者は素人である。高度の知識を有し、審査を日常の業務としている者がなした過誤により生じた不利益を素人に転嫁する論理は許されるべきではない。
5 損害の公平な負担を基本とする国家賠償法の理念に立ち返つて考えるに、公務員の手続上の過誤の事例としては登記官の過失の例があり、この場合、国が同法一条の責任を負うことは、判例上既に確立されている。右の例では、被保護利益(救済対象)は財産権そのものであるところ、本件で問題とされる第一種圧力容器は、財産権のほかに、生命、身体、健康を瞬時に破壊する程の危険性を有するものであるから、国に課せられた責任は、登記事務におけるよりも重大といわなければならない。また、右容器は、一旦事故に至ればこれによる被害は食品公害の場合と同様甚大なものとなるのであるから、国が食品衛生行政におけると同様、右容器についても危険発生防止のために積極的な行政責任を負うべきことは当然である。そして、右行政責任の内容は、前記のように右容器の危険性が明らかであることから、既に、規則等で具体化されているものであり、本件におけるような規則に違反する初歩的、単純な過誤は、即過失にあたるとみるべきである。
理由
一控訴人が鶏肉製造、販売等を業とする会社であることは当事者間に争いがなく、原審における分離前相被告富士汽罐工業株式会社代表者及び控訴人代表者(第一回)各尋問の結果によれば、控訴人は、昭和五〇年五月富士宮工場内に富士汽罐の製造にかかる本件乾燥機を設置し、ブロイラーの食肉加工に伴い発生する残滓を高圧分解し配合飼料の原料を製造する化成工場を新設し、運転を開始したこと、同年七月一一日午前九時二四分ころ、運転中の本件乾燥機の原料投入口鉄蓋支持部分のボルトが切断して右鉄蓋が吹き飛び、本件乾燥機内で蒸煮中の鶏の不可食物等が化成工場の屋根を突き破つて飛散し付近の住宅や畑等に降りそそぐ本件事故が発生したこと(以上のうち、控訴人が富士宮工場内に新設した化成工場に本件乾燥機を設置していたこと及び同年七月一一日本件乾燥機の鉄蓋が吹き飛ぶ事故が発生したことは、当事者間に争いがない。)が認められ、右認定に反する証拠はない。
二本件乾燥機は、労働安全衛生法関係法令上の第一種圧力容器に該当し、同法令上、静岡労働基準局長は製造許可及び構造検査を、富士労働基準監督署長は落成検査を各実施し、その安全性について審査する権限を有していること、本件乾燥機は昭和五〇年四月一日右構造検査を受けてこれに合格し、同月二一日構造検査済証の交付を受け、同年五月二一日落成検査を受けてこれに合格し、そのころ第一種圧力容器検査証の交付を受けたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
そして、<証拠>によれば、本件乾燥機は、控訴人が昭和四九年に工場内に設置して操業する計画の下に訴外中川公一に設計を依頼し、同人の設計に基づき昭和五〇年初め富士汽罐にその製造を注文したものであること(中間に二、三の請負業者が介在しているが、実質的には控訴人から富士汽罐に直接注文がされたものとみてよい。)、右構造検査は富士汽罐が、落成検査は控訴人がそれぞれ申請したものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。
三控訴人は、本件乾燥機の製造許可、構造検査、落成検査に過誤があつたとして、国家賠償法一条一項に基づき被控訴人に損害賠償責任がある、と主張するので、以下検討する。
1 製造許可について
<証拠>に規則四九条一項但書の規定をあわせれば、規則上、既に製造許可を受けている第一種圧力容器と同型式のものを製造するについては、製造及び検査に関する設備その他の製造条件が許可時に比して低下するなどの特段の事情のない限り、改めて製造許可を受ける必要はないとされているところ、富士汽罐は昭和三八年二月二〇日ジャケット付第一種圧力容器について改正前の規則(昭和三四年二月二四日労働省令第三号)三九条に基づく製造認可を受けており(同認可は、法附則三条により法三七条に基づく製造許可とみなされる。)、本件乾燥機もジャケット付第一種圧力容器であり、前記特段の事情も認められないところから、これを製造するについては改めて製造許可手続を行う必要はなかつたことを認めることができ、右認定を左右すべき証拠はない。
よつて、製造許可上の過失をいう控訴人の主張は既にこの点において採用することができない。
2 構造検査及び落成検査について
法一条は「この法律は、労働基準法と相まつて、労働災害の防止のための危害防止基準の確立、責任体制の明確化及び自主的活動の促進の措置を講ずる等その防止に関する総合的計画的な対策を推進することにより職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な作業環境の形成を促進することを目的とする。」と規定しており、法三八条が「ボイラーその他の特に危険な作業を必要とする機械等で、政令で定めるもの」につき各種検査を規定し、法を実施するため定められた規則がボイラー及び圧力容器等の設置、管理等について各種の諸規則を規定しているのは、法一条の定める前記目的を達成するための具体的措置にほかならない。すなわち、右諸規則は、第一種圧力容器が、その内部において固体又は液体の煮沸、加熱、反応等の操作を大気圧を超える状態で行う装置であつて、蒸気の噴出等労働作業上危険を伴い、また、破裂した場合には大きな労働災害に至る虞れがあるため、国が、労働安全衛生行政の立場から、その構造等に一定の規格を定め、構造検査、落成検査等の審査手続を行い、製造者が製造・搬出し、事業者が設置する第一種圧力容器について、右規格が遵守されるよう監督し、その構造上の安全性を確保しようとする趣旨のものである。
ところで、第一種圧力容器の構造検査及び落成検査の具体的な検査内容、方法については、右各検査が労働災害防止のためにのみ行われるものであることを除き、被控訴人の当審における主張1のとおりであることは、当事者間に争いがない。右争いのない事実によれば、被控訴人の担当官が行う右各検査は、製造者又は設置者が安全性を有するとして製造、設置した第一種圧力容器について、実際に安全性を有するか否かを基準(規則及び構造規格)に従つて確認するものであり、それ以上に包括的かつ綿密な検査をするわけではなく、積極的に危険を防止する措置を自らとるものでもない。
以上述べた法一条の定める法の目的及び法、規則による諸規制の趣旨に構造検査、落成検査の具体的な検査内容、方法をあわせ考えれば、右諸規制は、当該圧力容器の使用される場所で労働に従事する者の生命、身体、健康を災害から保護することを目的とするものであり、少なくとも自ら右各検査の申請をした製造者又は設置者に対してまで第一種圧力容器の安全性を保障する趣旨のものではなく、したがつてまた、上記の者との関係においてまで、被控訴人が右諸規制を行う上での注意義務を負うことはないものと解するのが相当である。なるほど、右諸規制の結果として、設置者も、検査ずみの安全性の確保された圧力容器を使用して営業を継続することができるという利益、あるいは正しい検査が行われていれば申請が不合格となり、その結果使用に起因する損害を免れるという利益を亨受することがあるものと考えられるが、それは、労働者の安全確保を目的とする法及び規則を適用した結果生じた事実上の利益にすぎないものというべきである。
ところで、構造検査については、その申請者は第一種圧力容器を製造した者であり、本件においては、前認定のとおり控訴人ではなく富士汽罐であるが、先に認定したとおり、控訴人は、昭和四九年に本件乾燥機を工場内に設置して操業することを計画し、訴外中川公一に設計を依頼し、昭和五〇年初め富士汽罐に製造の注文をし、完成・設置された本件乾燥機について落成検査を申請しているのであり、右事実によれば、本件構造検査上の過失ないし違法性を論ずるにあたつては、被控訴人の担当官(静岡労働基準局長)は、同検査の申請人である富士汽罐と同様、控訴人との関係においても、国家賠償責任発生の要件となるべき注意義務を負うものではないと解すべきである。
結局、本件構造検査及び落成検査に不適切なかどが存したとしても、これをもつて、控訴人が自ら製造を注文し、設置した本件乾燥機の事故により受けた損害について、右各検査に本件国家賠償の原因、根拠となる過失ないし違法性があるとすることはできないものというべきである。
控訴人の主張のうち、以上の判断に反する部分は採用することができない。
四そうすると、控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官櫻井敏雄 裁判官増井和男 裁判官河本誠之)